出村:北大は、SDGsの目標である2030年以降も、持続可能な社会づくりに貢献する大学であり続けることでしょう。今を生きる私たちにとってSDGsとは、2030年までに解決しなければいけない課題について、国連がまとめたいわば世界共通の教科書のようなものです。この教科書を使って、持続可能な未来社会をどう描いて実現していくのか、実行するのは、他でもない私たちであり、未来を生きるみなさんです。

出村 誠 教授

出村誠先生は、生命活動を支えているタンパク質の構造を研究する生命科学者であり、北海道大学のSDGs活動を推進するリーダー的存在でもあります。ウェブサイト「北海道大学×SDGs」制作の発起人でもある先生に、北海道大学の教育・研究とSDGsの取り組みとの関係について、どのような発信をされていくのか、お話を聞きました。

SDGsの視点で北大の教育と研究を分類してみる

北大のSDGsの取り組みについて教えてください

出村:2021年8月に新しく「サステイナビリティ推進機構」という組織を発足させました。今は、この機構の方針と北大の活動を、大学内外の皆さんにわかりやすくお伝えする準備しているところです。
準備の段階で、学内の教職員のみなさんには、ご自身が関わっている教育や研究がSDGsの課題解決とどう関連しているのか、あらためてSDGsの視点で振り返ってもらっています。そこで私たちが気づいたことは、「北大にはSDGsに取り組むための、しっかりとした基盤がある」ということでした。
北大はまもなく2026年に創立150周年を迎えます。SDGsという言葉が現れる遥か昔、環境と人間の営みに直結した農林畜産業の学び舎として始まった札幌農学校(1876年開校)の時代から、綿々と持続可能な社会づくりに貢献してきました。

札幌キャンパスの北に残る重要文化財モデルバーン(模範家畜房・穀物庫・牧牛舎)。欧米の最先端の畜産スタイルを学び、寒冷地北海道の畜産業向けに改良し、多くの指導者を育成した。(1877年〜1879年に建築、1910年に移転改築)

自然豊かなキャンパスに根付くサステイナビリティ・スピリッツ

北大では、サステイナビリティを推進する取り組みを、いつ頃から始めたのでしょうか?

出村:今から25年も前の1996年、国立⼤学では初めて「キャンパスマスタープラン」を策定したことから始まっています。2005年、「持続可能な開発」国際戦略本部を設置し、サステナビリティ・ウィークなどの事業を10年間展開しました。2008年、G8北海道洞爺湖サミットにあわせて、本学が副議⻑⼤学として札幌で開催した世界初のG8⼤学サミットでは、サステイナビリティにおける大学の役割を明確にしようと考え、「札幌サステイナビリティ宣⾔」を採択。2014年、「近未来戦略150」策定。2015年に国連でSDGsが採択されていますから、それまでの約20年間は、北大が世界の先陣を切ってサステイナビリティを推進してきたことがおわかりいただけるでしょう。
2020年、THE世界⼤学インパクトランキング国内1位(総合ランキング76位、世界トップ10%)、2021年、THE世界⼤学インパクトランキング国内同列1位(総合ランキング200位以内。東北、筑波、東京、京都、岡⼭、広島の各⼤学と同列)と、世界的にも評価されています。北大は、この流れを継承し、飛躍させていくためにも、教育、研究、そして大学の運営に、”サステイナビリティ”をより浸透させていこうと考えています。

出村先生も当初から中心となって携わっていたのですか?

出村:自分が受け持っていた1年生向けの教養科目「科学・技術の世界(はじめての生命科学)」という授業で、積極的にサステイナビリティやSDGsの話をしていましたが、北大全体の取り組みの中心にいたわけではありません。その授業の中では、バイオミミクリー(生物模倣技術)の事例をあげて、生物の形や働きを人工的に再現し環境負荷低減に役立つようなものを作ろうとしても、それらをつくる過程で使うエネルギーや排出される物質が環境負荷になっていないか、トータルに考えてみましょうという話をしています。学生のみなさんとグループ討論もして、「環境負荷と技術革新」の関係について考えてもらっています。この授業は、もう10年近く続けており、途中からSDGsを話題に入れることにしました。
私が、北大全体の取り組みに携わるようになったのは、2018年ころからです。学生たちが社会に出て、さまざまな課題に直面することを考えると、北大全体でSDGsの視点で教育する必要性を感じるようになりました。2018年、ちょうど新学習指導要領が改訂され、これからの小中高生には持続可能な社会の創り手となれる教育が行われることがわかり、いずれSDGsを学んだ大学生が入学してくることが想像できました。そこで、周囲の先生に声をかけ、ワーキンググループを立ち上げ、自然豊かなキャンパスに根付くサステイナビリティ・スピリッツに富んだ北大の教育内容をSDGsの視点で知ってもらうために、手始めとして2020年に、ウェブサイト「北海道大学×SDGs」を立ち上げるに至ったわけです。

北大が綿々と続けてきたサステイナビリティの活動を引き継がれたのですね

出村:新しく「サステイナビリティ推進機構」を立ち上げるにあたり、1996年から積み上げられてきた基盤の重要性を、あらためて実感しているところです。まず思ったことは、自然豊かな環境でありながら、教育と研究のための機能と設備が備わった北海道大学のキャンパスの存在です。札幌キャンパスだけでなく、函館キャンパス、日本国土の約500分の1の面積のフィールド、海洋研究の拠点と実習船など、これらの総合的な教育環境があるからこそ、12学部21大学院からなる特徴的な教育と研究ができると言っても過言ではありません。
まず、この学舎をサステイナブルに管理・運用することが重要と考え、2010年設置・2018年改組により「サステイナブルキャンパスマネジメント本部(SCM本部)」という組織をつくりました。現在SCM本部は、キャンパス全体の省エネや脱炭素の活動を推進するため、同様の取り組みをしている国内外の大学と連携して、先進的な活動を行っています。この「SCM本部」と、新設する「SDGs事業推進本部」が2021年8月に発足した「サステイナビリティ推進機構」の両輪となります。

ホーム

北大内外をつなぐ、ワンストップの窓口

新設する「SDGs事業推進本部」はどのような組織になるのでしょうか?

出村:「SCM本部」は学内の施設・設備等を中心にキャンパスマネジメントを担う一方、「SDGs事業推進本部」は教育・研究・社会連携を担います。真っ先にやりたいことは、ワンストップ窓口を開設することです。「ここに来れば、北大のSDGs関連のことはすべてわかる」と言ってもらえる窓口です。特に、北大の研究をSDG17の観点で紹介・広報し、SCM本部と共に企業や行政とのパートナーシップを広げていきたいと考えています。
すでに北海道や札幌市と協力してSDGsの活動をしている研究者もおり、地域連携や国内の大学間の連携、国際的な連携へとさらに広げてもらいたいですね。また、高校生や社会人のみなさんに向けた公開講座や生涯教育を提供することも構想しています。

SDGsネイティブの学生に向けて、最良の教育環境を提供する

北大内外に向けて窓が大きく開かれていくのですね?

出村:大学はその時代時代で、社会に開かれた学び舎である必要があります。というのも、大学は最先端の知識を探究する場であると同時に、その知識を社会に還元する人材を育てていく責任があります。
これから入学する学生は、SDGsネイティブと言って、小中高校からSDGsの話題や活動に触れてきた人たちです。そんな世代のみなさんがせっかく北大に入ってきてくれるのですから、良い学び舎を準備し、卒業してからもいずれ持続可能な社会の創り手になれるような教育を提供していきたい。これが、「サステイナビリティ推進機構」の方針を作る上で、大きな柱になると思います。

北大の教育は今後どのように変わっていくのでしょうか?

出村:新たなSDGsの教育や研究を加えるばかりではなく、12学部21大学院にすでにある教育カリキュラムや研究テーマを、SDGsという視点で分類し直してみるだけでも、北大には充分な「サステイナビリティ教育」の環境であることを発見してもらえることでしょう(文系・理系・基礎・応用に限らず、12学部21大学院全てがSDGsへの取り組みを「北海道大学×SDGs」で紹介しています)。例えば、大学にはシラバスというカリキュラムのオンラインデータベースがあり、毎年一万以上の科目が公開されています。SDGsをキーワード検索するだけでも400ほどの授業が出てきます。さらに、食糧生産や水不足、健康と環境、プラスチック、エネルギーといったSDGsの課題に紐づくようなキーワード検索で、かなりの数のカリキュラムが北大で開講されていることがわかります。SDGs分類された「サステイナビリティ教育」が履修しやすくなるようカリキュラム一覧の工夫をしようと考えています。また、これからの学びで特に重要となる「キャリア教育」や「サステイナビリティ教育」を、学部から大学院修士・博士課程まで抜本的に新しくすることを考えていますが、大きな制度の変更は数年単位の時間を要しますから、まだ時間がかかりそうです。

ますます、SDGsや社会課題を意識した学び舎に、変わっていくのですね

出村:学生のみなさんが、社会課題に向き合い、学びたいことを主体的に学ぼうとしていることが、最近の学生の活躍にも表れています。例えば、ハルトプライズ(※1)や、地方学(ぢかたがく※2)がそうですね。また、専門的な教育課程の学びだけでなく、学部や学科を超えた交流や、分野横断的にさまざまな学びや考え方に触れておくことも大切です。新渡戸カレッジという特別教育プログラムでは、世界の課題解決に対しリーダーシップを発揮して貢献する人材育成に取り組んでいます。このような北海道大学全体の取り組みをより広く学生のみなさんに周知したいと思っています。
一方で、学生のみなさんの活動を私たち教員が一から百までお膳立てをするのはあまり良くないと思っていて、自主的に取り組むことで、時には苦労しながら開拓していくことで得られるものを大切な経験にしてほしいと願っています。私たちにできるのは、学生が自ら開拓していくための種を蒔いていくこと。学生がいつでも挑戦できるような教育環境を作っていきたいと考えています。学生・教職員・社会のパートナーシップで「持続可能な未来を共につくる」。ウェブサイト「北海道大学×SDGs」のタイトルにはそんな想いが込められています!

 

※1 ハルトプライズ:ハルトプライズ財団が主催する世界最大の学生企業アイデアコンペ。国連が示すSDGsに関連したテーマが毎年設けられ、世界中の学生が企業アイデアを競い、勝利チームには企業資金として100万ドルが贈られる。
※2 地方学:札幌農学校の2期生である新渡戸稲造が、実学の重視とは現場(地域)重視に他ならないと説き、提唱。さまざまな社会問題が全国に先駆けて深刻化している課題先進地域北海道をフィールドとした、大学院生のための実践支援プログラム。

 

北海道大学がますますSDGsやサステイナビリティに貢献していく姿を思い浮かべ、たいへん楽しみになりました。出村先生、ありがとうございました。

 

[企画・制作]
北海道大学 URAステーション/SDGs事業推進本部(企画)
株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクター・編集・ライティング) 細谷 享平(ライティング)
PRAG 中村 健太(写真撮影)

プロフィール写真

出村 誠 教授

所属:北海道大学大学院 先端生命科学研究院 人材育成本部(兼務)

生命科学、生物物理学、高分子機能学
生命科学の探究とともに、バイオミミクリーのような環境負荷低減につながる発想転換・連携思考の授業をモデリングしている。北大で育った学生が、持続可能な社会の創り手となって世界で活躍してほしい。