富田裕之准教授に聞く、気候変動研究者への15の質問(字幕付き)

大気と海洋はかつて、気象学と海洋学という別々の分野として研究が進んできました。しかし、大気と海洋は海面で接して繋がっているため、気候を理解するには両者の相互作用を考える必要があります。人工衛星による観測データを活用して「海面フラックス」の正確な推定に取り組む地球環境科学研究院の富田裕之准教授にお話を伺いました。

大気と海洋のコミュニケーションを定量化する

富田:例えばここに、観測によって得られた海洋の表面水温の分布を示す図があるとします。温度は時間と共に常に変化していくので、温かい場所や冷たい場所も時々刻々と変わっていきますが、温度のデータだけではどうして変わったのか、なかなか見えてきません。海洋は、その表面が大気と接していてお互いにエネルギー(熱)や物質(水蒸気など)のやりとりをしているというのが理由のひとつです。

そこで、大気と海洋の境界面で「海面フラックス」というものを定義し、エネルギーや物質の交換を定量化することで、両者の関係を深く理解しようと考えています。海面フラックスは、いわば、大気と海洋の間のコミュニケーション言語です。

海面フラックスに注目することで、大気の変動が海洋に影響を与え、逆に海洋の変動が大気に影響を与える「大気海洋相互作用」の正確な理解が可能となり、台風や気候変動といった自然現象の高精度な予測に繋げることができると考えています。

大気と海洋の接している境界面で起きる現象

 

地球温暖化と大気海洋相互作用

富田:地球温暖化で生じた熱は、主に海洋内部に蓄えられていると考えられています。しかし、海洋は深さ方向に一様に熱を蓄えているのではなく、浅い方が特に温まる傾向があります。これを層を成すという意味で「成層」といいますが、地球温暖化と関連して、この成層構造が強化(成層化)される傾向が報告されています。

一般に、海の上である程度の強い風が吹くと、表面近くの水と深い場所の水が混ざり合いますが、成層化はこの深さ方向の混ざり合いを抑制する方向に働きます。

成層化により表層の温かい水が維持されやすくなると、海からの蒸発がより起こりやすいという状況が生じます。蒸発量が大きくなると、大気の水蒸気が増加します。そして大気中の水蒸気が増えると、今度は雨が降りやすくなるなどの気象への影響に繋がります。

地球温暖化が大気と海洋の相互作用を変えてしまうという例です。

Photo: Melnikov Dmitriy/Shutterstock

人工衛星を使った観測

富田:これらの現象を詳しく調べるために、船舶やブイを使った現場観測と、人工衛星によるリモートセンシングを相互補完的に行っています。特にアクセスの難しい外洋域では現場観測のデータが非常に少ないのが実情です。そういった場所では人工衛星を使うことで広い海を効率的に観測し、海面フラックスを推定することができます。

一方で、私が使っている衛星センサーは電波(マイクロ波)を使ったものが多いのですが、電波は海中をほとんど伝わらない性質があり、基本的には海面付近の情報しか得られません。海の内部を調べるには、どうしても現場に行ってセンサーを海中に入れて測る必要があります。また、海洋から放出された熱が大気にどう影響しているかを調べるには、大気の内部を観測することになります。

船舶と人工衛星による海面フラックスの観測。船舶(左)では観測数が少なく隙間があるが、衛星(右)では観測数が格段に多く、隙間なく広い範囲で観測できることがわかる(富田、2005年)。

最新の「J-OFURO」で、地球全体の傾向を同時につかむ

富田:J-OFURO(https://www.j-ofuro.com)は、複数の人工衛星の観測データを使って、海面フラックスを推定するプロジェクトです。J-OFURO自体は、20年ほど前から続いているプロジェクトで複数の研究者が関わってきましたが、現在は私がプロジェクトをリードしています。

現在公開している第3世代(J-OFURO3)のデータセットでは、全球の海面フラックスを把握することが可能になっています。温暖化しつつある地球全体を見渡すことで、大気と海洋の間で実際に何が起こっているのかを明らかにしたいと考えています。特に、気候変動などグローバルな現象ではこのような広い視点が重要になってくるのです。

また多数の衛星観測を重ね合わせることで、実質的な解像度が高くなり、見えてきたこともあります。例えば、強い海流に対応して大気への熱の放出が顕著に見られたり、海洋の細かな渦状の構造が大気と海洋の間の熱の交換において重要な役割を果たしていることなどもわかってきました。

自然を理解しようとする時に、地球全体を見渡すグローバルな視点と、細部を精細に見る視点があります。大気や海洋のような様々なスケールをまたぐ複雑な現象は、片方の視点だけでは理解することが難しく、自然を理解していくには両者を両立させるスタンスが大事だと思っています。

J-OFURO3によって推定された過去30年の海面熱フラックスの平均場。正の値は海洋から大気への熱輸送を表す。

J-OFURO3によって推定された過去30年の海面熱フラックスの平均場。正の値は海洋から大気への熱輸送を表す。

台風の予測と海面フラックス

富田:最近特に集中して取り組んでいるのは台風の研究です。台風は私たちの社会に大きな影響を与える気象現象の一つですが、大気と海洋の相互作用が強く関係しています。

台風は海水温が高い熱帯の海で多く発生します。温かい海洋から水蒸気が大気中にたくさん供給されます。そして、いくつかの条件が揃うと雲が発生し組織化することで台風が発生します。台風が発達してくると次第に風が強くなるので、海洋からますますたくさんの水蒸気を受け取ることになり、台風はさらに発達していきます。

一方、発達した台風による風には海洋を冷やす効果もあります。風が海洋を鉛直方向にかき混ぜたり、ポンプの様に下から冷たい水を持ち上げたりするからです。水温が下がると、今度は台風が衰退する方向に向かっていきます。

下の図は、2010年に発生した台風の経路に沿って海面水温が低下(青い部分)していることを表した図です。このこと自体は以前から知られていましたが、J-OFURO3によって、より明瞭に観察することが可能になりました。

J-OFURO3によって観測された台風通過に伴う海面水温の変化。丸印は台風の経路、色は温度差(ケルビン)を表している。

J-OFURO3によって観測された台風通過に伴う海面水温の変化。丸印は台風の経路、色は温度差(ケルビン)を表している。

このように、台風の発達に海洋がどのくらい影響するかを正確に把握することで、初めて台風の強度や進路を正しく予測することが可能になるのです。そのためには、時間的にも空間的にもより狭い範囲での海面フラックスの正確な推定が欠かせません。

これは非常に難しいトピックですが、現在チャレンジしているところです。これを知ることで、地球温暖化によって大気海洋相互作用が変化した際の長期予測にも繋がっていくと考えています。

プロフィール写真

富田 裕之 准教授

所属:北海道大学 地球環境科学研究院

自然との共生を経験した子ども時代
私が住んでいた神奈川県・相模原市は自然豊かな所だったので、子ども時代はひたすら自然の中で遊んでいました。相模川という川が近くにあったので、学校が終わったら毎日のように通っていましたし、休みの日には両親によく相模川が流れ込む平塚の海岸にも連れて行ってもらいました。そこで、生き物を捕ったり、海を眺めたりして遊んでいました。そのことが、今の自然への関心に繋がっているのかもしれません。
研究へのモチベーションとも繋がる部分なのですが、私たちにとっては自然との共生が大事だと思っています。そしてその方向性は、やはり科学的な知見に基づいて行われるべきだと考えています。将来的にはそういった視点のどこかに、ほんの小さな発見でも良いので知見を提供できるような貢献をして、後の世代が私と同じ様に自然との良い関係を見出してくれたらと思っています。