村上:健康長寿社会の実現には病気の芽である「微小な炎症」を超早期の段階で検出し、病気につながるものを特定して除去することが重要です。その基礎研究に大学院生などの若い研究者たちが日々、取り組んでいます。

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村上 正晃 教授

私たちの身体が病に侵される時、そこでは「炎症」が起こっています。村上正晃先生は炎症が起こる仕組みに着目し、地道な実験を積み重ねて革新的な研究成果を多数発表。ゲートウェイ反射とIL-6アンプという新しいコンセプトを発表して、さまざまな病気の因果関係を炎症という側面から明らかにしてきました。現在はこれまでの基礎研究から得られた知見を医療技術に活用する大型プロジェクトも進んでいます。

幅広い病気に関わる炎症、その始まりは「IL-6アンプ」から

はじめに「炎症」とはどういうものか、私たちに教えてください

村上:炎症とは、体内に侵入した細菌やウイルスなどの異物を攻撃・除去しようと免疫系の細胞(以下、免疫細胞)がはたらいた際に起こる反応のこと。免疫細胞が本来存在しない場所にたくさん集まり、活性化すると炎症が起こり、熱や発赤、腫れ、痛み、機能障害といった症状を引き起こします。
身近な例で言うと、蚊に刺されたらその部分が赤く腫れ上がったり、花粉でアレルギー反応が起こるのも炎症です。

それともう一つ、皆さんに知っておいてほしいことは、炎症はいろいろな病気に関わっているということ。風邪や歯痛、アレルギーの他にも、アルツハイマー病や統合失調症などの精神科の疾患も、実は炎症が出発点。非常に重要な研究分野なんです。

その炎症を長年研究されている村上先生は、これまで二つの革新的な研究発表をされています。まず一つ目のキーワードは「IL-6アンプ」。解説をお願いします

村上:2008年に発表した「IL-6アンプ」の最大のポイントは、従来の免疫研究が免疫細胞にばかり注目していた視点を、“免疫のはたらきを持たないと思われてきた「非免疫系細胞」で何が起きているか”に変えたこと。非免疫系細胞が、微小な炎症が大きな慢性的な炎症となり生じる病気の誘導に非常に大きく影響していることを見出しました。

「IL-6アンプ」の「IL-6」(インターロイキン6)とは、炎症性サイトカイン(さまざまな刺激によって免疫細胞などから産生されるタンパク質)の一種です。
非免疫系細胞が、外来の異物や内在性の物質が変化したものなどによって特定の刺激を受けるとIL-6を放出し、それに反応して集まった免疫細胞からも因子が産生されます。その結果、免疫細胞を集める遊走因子のケモカインや組織の細胞を増やす増殖因子などがどんどん産生され、さらにたくさんの免疫細胞が集まり、IL-6やケモカインなどがますます放出されて、微小だった炎症が慢性的なものへ進行する。
このIL-6が自己増幅していく機構を“amplify”(増幅する)という言葉を用いて「IL-6アンプ」と呼んでいます。

ここで注目したいのは「IL-6アンプ」がどこで起きているのか、ということです。腎臓にしかない尿細管上皮であったり、肺であれば気管支上皮の基底細胞というように臓器ごとにIL-6アンプが活性化しやすくて炎症を引き起こしやすい細胞があることがわかっています。そのため、「IL-6アンプ」を見つけることで微小な炎症でも場所を特定しやすくなりました。

IL-6アンプ

 

自分に反応する免疫細胞が血管から臓器に侵入する機構「ゲートウェイ反射」の制御に挑む

免疫細胞の中には自分自身を攻撃してしまうものもあるそうですね

村上:そうなんです。私たちの宿命として自分を攻撃する免疫細胞は加齢やストレスが原因で増加することがわかっています。それらが血液中にとどまっているうちは“悪さ”をしませんが、これが血管の外に出て、炎症を誘導してしまうと病気の原因になります。
精神的ストレスや電気刺激、光、痛み、重力といったいろいろな原因で神経回路が活性化すると、神経伝達物質が血管にトンネルのような通り道、血管ゲートを開けてしまいます。
そこをくぐり抜けた免疫細胞が組織に入り、そこで“病気の芽”である小さな炎症が起こり、拡大して病気にいたる仕組みを、我々は2012年に「ゲートウェイ反射」として発表しています。

「ゲートウェイ反射」の原因となるのも血管内皮細胞の「IL-6アンプ」ですし、血管から出たあとに炎症を大きくしてしまうのも「IL-6アンプ」。この一連の仕組みが明らかになったことで、自己免疫疾患に対する理解が大きく進みました。

ゲートウェイ反射

 

こうした独自の研究成果を次は医療技術へ応用しようと、村上先生は現在「従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する『ムーンショット型研究開発事業』」にプロジェクトマネージャーとして参加されています

村上:私たちのムーンショットプロジェクトには量子技術を専門とする工学系の先生たちも参加しています。これからの目標は、ダイヤモンドナノセンサやAIナノポアといった量子技術を使って、自分を攻撃する免疫細胞が過剰に微小な場所に集まって引き起こされる「微小炎症」で病気につながるものを、より高感度・高精度に検出すること。
これらの方法を用いれば、健康と病気の間にある定義「未病」から健康に引き戻すことも可能となるかもしれません。

発見した微小炎症は、神経科学専門のメンバーと共同で「ゲートウェイ反射」に関連する特定の神経回路を人為的に制御して取り除きます。具体的には微弱な電気、超音波や磁場などの人為的な刺激を神経回路に与えてゆるんだ血管を逆に閉める技術の開発に取り組んでいます。
このように「病気の芽を診る」「病気の芽を摘む」双方の技術を確立し、最終的には情報科学も組み合わせて、これらの技術の小型デバイス化を目指しています。

「微小炎症」制御プロジェクト

「社会のため」の応用も目の前の研究を丁寧にやり抜くことから

応用研究のスケールの大きさに驚かされます

村上:このプロジェクトのゴールは、誰もが100歳まで健康不安なく人生を楽しめる社会の実現を見据えており、それはSDGsの17の目標のうち、少なくとも「3すべての人に健康と福祉を」と9「産業と技術革新の基盤をつくろう」に直結すると考えています。

未来構想

こうした大型プロジェクトも、全ては基礎研究が土台になっているんですね

村上:これはぜひとも大きい声でお伝えしたいことですが、基礎研究はとても大事なものです。もちろん、「社会のために自分の研究を役立てたい!」と考えるのも立派なことですが、社会という出口のことばかりを気にしていると視野が狭くなったり、焦って間違った方向に進んでしまうこともあるかもしれません。

それよりも「なぜなんだろう?」という自分の中の純粋な疑問や興味を真摯に見つめて丁寧に実験することが、基礎研究を積み重ねていく原動力になることをわかってもらえたらうれしいです。

村上先生のように「自分だけの発見」をするコツはありますか?

村上:残念ながらコツや近道はありません。私が「ゲートウェイ反射」の発見にたどりつけたのも、あるとき、血液脳関門の中に一カ所だけ、自分を攻撃する免疫細胞が通り抜ける侵入口を見つけたから。「ん?これはなんだ?」と思わず手が止まりました。
教科書上では免疫細胞は血液脳関門に入れないことになっています。つまり、従来の“常識”であれば、細胞がいないはずのところに細胞がいる。

そのときに「なんだ、自分が間違ったんだ」と杓子定規に考えていたら、せっかくの手がかりも水の泡だったと思います。
そうではなくて、目の前の結果が正しいかどうかを正確な実験で繰り返し確かめる。自分を信じて、実験を丁寧にやりぬく。オリジナルの発見にたどりつくには、これに尽きると思います。

ですから、皆さんも“非常識な結果”が出たときこそが頑張りどきです。目の前のことをひとつずつ、丁寧に。命に関わる生命科学の研究はどうしても時間がかかってしまうものですが、適当にやって間違ったことを発表してしまうと一瞬で信用も信頼も崩れてしまいます。それは人間関係と同じですよね。

そうやって丁寧に積み重ねてきた基礎研究だからこそ、いい応用研究に発展していくのですね

村上:その通りです。北海道大学は、何と言っても基礎研究の重要性を理解していただいている北海道大学病院の臨床系の先生方の存在が大きいと思います。日々の診療の現場を担うさまざまな診療科から来た大学院生などの若い研究者たちが今、私の研究室で意欲的な研究を続けています。若い彼らが臨床と基礎研究の橋渡し役になってくれるので非常に心強いです。

プロフィール写真

村上 正晃 教授

所属:北海道大学遺伝子病制御研究所 分子神経免疫学
量子技術研究開発機構 量子生命研究所 量子免疫学グループ グループリーダー
自然科学研究機構 生理学研究所 分子神経免疫研究部門 教授
大阪大学免疫学フロンティア研究センター 招聘教授

医学、免疫学、実験病理学
北海道大学獣医学部卒業後、大阪大学大学院医学系研究科にてIL-6の研究を実施し学位を取得した。その後、北海道大学、アメリカデンバーにあるナショナルジューイッシュ医学研究センター、コロラド大学などでT細胞の研究を実施し、大阪大学に戻りIL-6アンプ、ゲートウェイ反射を発見した。