曽根:ヌーヴェルヴァーグは英語でNEW WAVEの意味。ワイン振興の波及効果で生産地や北海道全体が元気になっていく未来を思い描いています。

曾根 輝雄 教授

「大学でワインの勉強を?」と驚く人もいるかもしれません。2021年4月に誕生した「北海道ワインのヌーヴェルヴァーグ研究室」ではワインをテーマに農業や食、マーケティング、まちづくりなど幅広く学べる場を提供しています。北大の全大学院生向けに開講した「北海道サスティナブルワイン学」という大学では聞き慣れない講座も受講生たちに大人気。研究の目的を“北大のワイン博士”曾根輝雄先生に解説してもらいました。

2015年から盛り上がるワイン振興、北海道で台頭する達人たち

ワイン研究についてお話をうかがう前に、曽根先生は大学院農学院の中で応用分子微生物学研究室と、寄附講座であるこちらの「北海道ワインのヌーヴェルヴァーグ研究室」を兼任されているということでしょうか。

曽根:ええ、そうです。ワインのことに本格的に取り組む以前は微生物の研究、具体的にはイネの病原菌の研究を長く続けていました。ワインは前々からやりたいテーマだったんですが、なかなかその環境もタイミングも整わなくて。自分の中では一度“封印”したつもりでした。

それが一気に状況が変わり始めたのが2015年ごろ。北海道庁がワイン振興に本腰を入れるようになり、道庁主催のワイン塾の講師にと声をかけていただきました。さらに北大でも大学院国際食資源学院の開学準備が始まり、ワイン醸造学で世界的に知られるUC Davis(カリフォルニア大学デービス校)から著名な講師を招く講座を開くなど、私のまわりで急にワインの風が吹いてきたんです。

“封印”を解く時期が訪れたんですね。「ワイン研究をしたい」と思ったそもそものきっかけは何だったんでしょうか?

曽根:実家が酒屋だったんです。植物の研究をしたくて北大に入学し、大学1年のときに帰省して地理学のレポートの題材を探して実家の本棚を見てみると、ワインの本がいっぱい並んでいた。軽い気持ちで読み始めたら、ワインの面白さにハマっていきました。

 

2022年1月現在、北海道には53カ所のワイナリーが存在します。池田町の十勝ワインや小樽の北海道ワイン(おたるワイン)、はこだてわいんと古くから名前が知れ渡っているところもありますが、ここ10年のうちに余市町・仁木町を中心に家族経営規模の小さなワイナリーが急増しました。その要因は何だとお考えですか?

曽根:一つは地球温暖化の影響を受けて、寒冷地の北海道でも従来の白ワイン以外の品種を栽培できるようになってきたという気象の変化もありますが、一番の要因は「人」。ワインづくりに関して求心力のある人たちが台頭し始めたことが何より大きい要因だと思います。

まず、三笠市でご家族で経営されている山﨑ワイナリーさん。山﨑さんたちは当時まだ北海道では珍しかった赤ワイン用のブドウの品種ピノ・ノワールの栽培に挑戦し、最初に収穫した年のブドウでつくったワインがいきなり世界の評論家から高い評価をもらいました。「日本の、しかも北海道のピノでこんなにも美味しいワインづくりができる!」という実績を国内外に示したんです。

そしてもう一人のキーパーソンが、岩見沢市の醸造家ブルース・ガットラブさん。ブルースさんはでワイン醸造学を学んだ腕利きの醸造家。栃木県のワイナリー「ココ・ファーム」さんに招かれて醸造責任者となり、そのまま日本に永住します。

その彼が今度は自分の理想とするワインづくりを目指して北海道に移住。2009年に岩見沢市に「10R(とあーる)ワイナリー」を立ち上げます。このとき業界がさらに注目したのは、これからワイナリーを立ち上げようとしている若い人たちが自分で育てたブドウを持ち込んで、ブルースさんのもとで醸造の勉強ができる日本初の受託醸造所のシステムを作ったこと。これが非常に大きかったと思います。

「ココ・ファーム」で栽培の責任者をしていた曽我貴彦さんは今、北海道で最もワイナリーの数が多い余市町に設立した自分のワイナリー「ドメーヌ・タカヒコ」で、ワインづくりをしています。彼がつくったワインはコペンハーゲンにある世界的なレストラン「ノーマ」のワインリストに入るほどの評価を受け、地元でも手に入らない逸品になりました。このことについては後でまた触れますね。

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ブドウ、エンレイソウ、酵母の形を合わせてロゴをつくってもらった

「ワイン」「サスティナブル」の共通言語で皆の視線を一つに

そうしたワインづくりと大学の学問・研究がどう結びついていくのでしょうか。

曽根:例えば、白ワインも赤ワインも必ず樽の中でブドウを発酵させるプロセスがありますが、このときワインの中の微生物が(収穫したブドウは水洗いせずにそのまま使います)、どんな種類でどんなはたらきをしているか、それを科学的に調べてデータをとり続けているワイナリーさんはおそらく圧倒的に少数派だと思います。

ワイン用ブドウの農家さんたちは毎日がお忙しいですから、研究の手間も時間も作るのが難しい。そこをお手伝いするのが、研究機関である大学の出番です。今はDNAやRNAの複雑な遺伝情報(ゲノム配列)を高速で解読できる「次世代シーケンサー」も開発され、微生物研究も飛躍的に進んでいます。

同じピノ・ノワールでも余市町と富良野市では微生物がどう違うのか。将来的にはそれぞれの土地の個性をサイエンスの力で読み解くことができたら、と考えています。

 

 

曽根:ただ、ただですね(笑)、そうした樽の中のことだけを研究するのが、「北海道ワインのヌーヴェルヴァーグ研究室」の目的ではありません。もし皆さんがワイナリーを作るとしたら、まずどこがいいか、その土地の気象条件や土の性質を調べる必要がありますし、ブルースさんのところに集まる若手のように醸造も勉強しなきゃならない。今のマーケットを見てどんな味にするのか、ターゲットは誰なのか、そして出来上がったワインはどんな販路で消費者に買ってもらうのか…と、あらゆることを考える必要が出てきます。

我々が目指しているのは、そうした総合的な視点からさまざまな専門分野の方と手を組み、生産者さんはもちろんのこと、ワイナリーのある地域を、ひいては北海道を元気にすること。そういう意味で「ヌーベルヴァーグ」、英語でNEW WAVEを研究室の名に掲げました。

その土地の風土(テロワール)があってはじめてその土地ならではのワインが生まれます。なので先ほどお話ししたように地元の生産者さんたちのワインを、本来は応援する立場にいてほしい地域の人たちが飲めない状況はとても残念なことですよね。そうした地域への還元も我々の課題の中に含まれています。

研究室のサイトにはSDGsの17の目標のうち、「2飢餓」「9イノベーション」「12持続可能な消費と生産」が掲げてあります。

曽根:北海道のワインを今後もサスティナブルなものにしていくには、つくり手、飲み手、研究者、サポーターと全ての側面において考える必要があります。

つくり手さんでいえば、つくるワインの味や醸造法、目指す姿は異なっても「自分は極力、農薬を減らしている」あるいは「地元の小学生たちを相手に畑で授業している」など、それぞれのやり方でサスティナブルを意識してもらえたら、北海道全体として同じ道を進むことが可能になる。「サスティナブル」というキーワードが個性豊かなつくり手さんたちの共通言語になるイメージです。

それともう一つ、高校生の皆さんにはまだ早いかもしれませんが、今のうちにぜひ解いておきたい“ワインの誤解”があります。それは「ワインは酔うまで飲まなくてもいい」んです(笑)。

本来、ワインは食事中にいただくもの。その土地で生まれた食材とワインを一緒にいただくのが、もっとも自然で理想の姿。ワインに対するハードルの高さや誤解をなくしていくのも、この研究室の目標の一つです。

余市果樹園でブドウ苗をチェック

余市果樹園でブドウ苗をチェック

講義にテイスティングも取り入れてサポーター予備軍を育成中

近年は若い人たちのアルコール離れをよく耳にしますが、北大の大学院共通講義「北海道サスティナブルワイン学」は非常に好評だとうかがっています。

曽根:ええ、うれしいことに初年度から予想をはるかに上回る60名以上の大学院生が集まってくれました。

先ほどのサスティナブルな飲み手、サポーターの育成でいうと、北海道大学は約6割の新入生が道外出身で、大多数の人が「北海道に憧れて」北大を選んでいます。

その学生たちが大学院修了後、たとえ直接ワインづくりに関わらなくても全国各地で社会人になったときに「北海道のワインについて勉強したな」「あそこのワイナリーで収穫のお手伝いをしたな」と思い出し、人一倍愛着を感じてくれたのなら、立派な北海道のワインのサポーターになってくれるはず。

そうした将来像を意識しつつ、講義では未成年もいる学部生ではなく大学院生だからこそできる実践的なテイスティング(試飲)も行っています。繰り返しになりますが、酔うまで飲む必要はないんですよ(笑)。まずは「こういう味か」と知ってもらうための導入の場を提供しています。

農学部大講堂にて大学院共通講義「北海道サステイナブルワイン学」第1回目。予想を上回り60名以上が履修登録した。

非常に幅広い学びを提供する北大ならではのチャレンジですね。

曽根:北大は伝統的に実学重視の姿勢があり、研究がめぐりめぐって社会のためになるという視点は常にあると思います。私がここにもう一つ加えるとしたら、それはめぐりめぐって学んだ自分のためにもなるということ。

とりわけ、学生時代は人生の中でもいろいろなことに挑戦できるときです。「自分はワインに興味がないから」とはじめから切り捨てずに、未来の自分のために受講してみてほしいと思います。

SDGsや環境問題の文脈から、“Think globally, act locally”という言葉を聞いたことがありませんか。北海道で暮らし、北海道大学に籍を置く私にとって、後半の「ローカルに動く」という部分はやはり、北海道の課題を自分の研究分野に落とし込んで考えていくことだと解釈しています。

ワインがそれを実現する機会を与えてくれていることに感謝しつつ、これからも北海道唯一の総合大学である北大だからできるワイン研究を、皆さんと一緒に探っていきたいです。

ワイナリーでの作業体験

プロフィール写真

曾根 輝雄 教授

所属:北海道大学大学院農学研究院 応用分子微生物学研究室
北海道ワインのヌーヴェルヴァーグ研究室

専門分野: 応用微生物学、植物病理学、ワイン学 出身は静岡県。北大に入学し農学部へ。微生物の研究が楽しくて北海道に定住、すでに自分は道民であるとの意識が強い。自宅の庭でもブドウを育て、ワイン造りの楽しさと難しさを身をもって学ぶ。 応用分子微生物学研究室 https://www.agr.hokudai.ac.jp/r/lab/applied-molecular-microbiology