高橋:今、宇宙開発は新時代に突入しています。我々が開発する超小型人工衛星が地球規模のさまざまな課題解決に対して貢献できる効果はとてつもなく大きいと確信しています。

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高橋 幸弘 教授

高橋幸弘先生は、現在アジア各国で進んでいる超小型人工衛星を活用した宇宙開発プロジェクトのキーパーソン。北海道大学と東北大学が共同開発した重さわずか50kgの超小型人工衛星を、次世代防災観測システムの構築や農業の病害虫診断技術に役立てようとしています。北海道を宇宙開発の新たな拠点とする未来像にも触れた「使える宇宙開発」最前線のお話をお届けします。

「宇宙を使ってできること」を考える宇宙開発の新時代が到来

はじめに高橋先生たちが開発している超小型人工衛星がどういうものか、解説していただけますか?

高橋:私たちがやっていることは、リモートセンシング(遠隔探査)を使って地球規模の課題解決を目指すということ。具体的には、防災や環境問題、農林水産業に貢献できるよう、その精度を高めたい。それともう一つの目標が、開発費を安くするということ。途上国にも手が伸びる宇宙開発の手法を追求しています。

その主役となるのが、超小型人工衛星(以降、“人工”を略)です。通常の小型・大型衛星の重量が300kg〜数トン以上、開発費は数100億円以上が普通なのに対し、我々の超小型衛星はすごく小さくて50kg。開発費も打ち上げ費用込みで5億円と、従来の100分の1の価格を実現しています。

超小型衛星を打ち上げた後の地上での作業も言わばパソコン操作のようなもので、オペレーターがある程度の訓練をすれば比較的簡単に取り扱うことができます。そこも従来の衛星にはない利点です。

 

高橋:これまで皆さんが耳にしてきた宇宙開発は、国の威信をかけて技術力や経済力を誇示するものだったり、宇宙に行くことそのものに焦点が当たっていたかと思いますが、実は今はもう次の時代、「宇宙を使って何に役立てるか」を考えるソリューションビジネスの時代に突入しています。

アップルの創業者スティーブ・ジョブズのように、世界が抱える潜在的なニーズに対してテクノロジーを使ってイノベーションを起こす。そうした新しい宇宙利用に世界がしのぎを削る中、残念ながら日本はちょっと出遅れてしまった感がある。そこをぼくらの力で、と考えています。

見たい方向を見たいときに、より精度の高い観測を可能に

実際に超小型衛星2機を運用しているフィリピンをはじめとするアジア諸国には、「宇宙を使って何ができるか」の潜在的なニーズがあったということでしょうか?

高橋:ニーズは山のようにあるんです。例えば、SDGsの経済版と言われるESG投資(環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に配慮した企業に投資を行うこと)の視点でも超小型衛星の出番は必要とされています。

世界の大規模農場やプランテーションのオーナーたちは、自分たちが不法伐採や乱開発をしていない、SDGsに配慮しているというエビデンスを投資家たちに示すために毎年、樹種の分布などを地図に落とし込む森林計測を行うこと求められてきています。その市場は、毎年15兆円近くの巨額が動くリモートセンシングビジネスとして今非常に注目を集めています。

また近年は地球温暖化の影響で海水面温度が上昇し、今後非常に強力な台風が増えるだろうと予測されています。途上国は災害に弱いですから、バングラディシュやミャンマーでは一つの台風で10万人以上の方々が亡くなっています。

これほどの規模の台風を早い段階で予測できていれば、対策も違っていたはず。こうした自然災害に対する気象予報は当然日本でも求められており、超小型衛星を活用したより高い精度と即時性の観測はアジア共通の課題になっています。

ところが多くの衛星、例えばNASAが打ち上げた人工衛星Landsatが特定の場所を観測する頻度は、16日に1回のスローペース。しかも観測できる範囲は衛星の真下のみ。そこで超小型衛星の出番です。

我々が開発した超小型衛星の最も優れた特徴は、見たいときに見たい方向にカメラを向けることができる「ターゲットポインティング」。リクエストされたところだけをピンポイントで観測するのでデータ量を最小に抑えることができ、集めたデータを無駄なく販売できるビジネス面のメリットも大きい。

このターゲットポインティング機能によって従来の衛星の20倍に観測範囲が広がり、しかも開発費は100分の1であることを考えると、コストパフォーマンスは2000倍。技術開発のスピードも段違いに速く、これまでは考えられなかったようなイノベーションが着々と進んでいます。

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リモートセンシングといえば、畑にドローンを飛ばして作物の生育状況を把握するなどスマート農業での活用も始まっていますが、現状での課題などは見つかっているのでしょうか?

高橋:ちょっと厳しいことを言うと、農業で本当に役立つリモセンになるには現在のスマート農業の技術では限界があります。具体的にはドローンなどで読み取った圃場の情報を反映するスペクトル(色)の情報が粗すぎるので、せっかくドローンを飛ばしても正しい状況がわからないままなんです。

そこも我々の超小型衛星は、適切なバンド(波長帯)を瞬時に選択する液晶波長可変フィルターカメラを付けた超多波長スペクトルセンサを搭載することで克服しています。

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高橋:このとき大切なのは、宇宙からの観測データと照らし合わせることができる地上側のデータも大量に収集すること。我々はスマホを厚くしたような小型分光器を開発し、それをドローンに搭載したり手持ち計測をしたりして、我々が「スペクトルライブラリー」と呼ぶ植物種ごとの色分けデータを作っています。

この分光器も従来の機器に比べてはるかに低価格。特許を取得し、これまで約100台を使って20万件以上のデータを集めています。

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ソリューションを提供し、皆で実現する格差のない宇宙開発

フィリピンから来た留学生が高橋先生たちのもとで学び、広大なバナナ農園の病害を高精度で検出する技術を確立し、母国に帰って活躍するというすばらしいモデルケースもできてきたそうですね。

高橋:超小型衛星を開発している同業者は世界にいますが、北海道大学がフィリピンなど東南アジア各国から絶大な信頼を集めている理由はひとえに、「あなたの国で衛星を使うとしたらこういう課題解決に貢献できますよ」というソリューションを常に提供しているから。

その根底には、単なる技術の売買で終わるのではなく「一緒に新しい宇宙開発の秩序を作っていきましょう」という永続的なパートナーシップを築こうとする姿勢が横たわっています。そこに共感してくださる方々が我々を選んでくれているのではないかと感じています。

また、総合大学である北大ならではの幅広い研究者ネットワークを使って、データ利用者の視点から多角的な提案ができる点や、教育機関としての実績も信頼していただける要因になっていると思います。

高橋先生たちが理想とする「新しい宇宙開発の秩序」とはどういうものでしょうか?

高橋:身近なところで言うと、北大からアジア9カ国に呼びかけている「アジア・マイクロサテライト・コンソーシアム」であり、その先にある「100か国が参加する超小型衛星のプラットフォームの構築」です。大国との格差を解消し、途上国を含めた国際連携が可能な世界を作りたい。

将来的には例えば「赤潮の到達時刻を知りたい」という漁師さんからのリクエストに対して、最寄りの衛星が観測データの解析結果をサーバ経由でユーザーのスマホに送ってくる、といった“衛星版配車システム”のようなことも夢ではなくなるかもしれません。

そうした壮大な構想の拠点にふさわしい場所はやはり、国内随一のフィールドを誇る北海道。現在、「北海道大学のスペクトル計測技術による[革新的リモートセンシング事業]の創成」は、文科省の「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」に採択されています。

ゆくゆくは、北大を衛星開発や教育の拠点とし、大樹町にアジア初のスペースポートを作る「北海道広域宇宙センター構想」を実現したいと考えています。

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これまでのお話と高橋先生が示してくださった下記の図からも、超小型衛星がもたらす課題解決がSDGsの目標を幅広くカバーできることがわかりました。最後になりますが、高橋先生が今、高校生の皆さんに期待することはなんでしょうか?

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高橋:世界に目を向けること。欧米など先進国の動向に注目することも重要ですが、将来のパートナー候補となる途上国にぜひ、目を向けてほしいです。

今はまだ、日本が過去の高度経済成長時代に培ってきた技術力・経済力で途上国を支援する立場にいますが、数十年後にはその立場が逆転していても全く不思議ではありません。

それくらい世界のどの国も頑張っている。そのことを自覚しつつ、今から“上から目線”なんかではない、対等なパートナーシップを育んでいくことがとても大切。どの国からも学ぶことはたくさんあります。

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熱真空チェンバーの前で。(熱真空チェンバー: 衛星軌道における真空と昼夜の温度変化を再現して、衛星及び搭載装置の正常上動作を確認する。)

プロフィール写真

高橋 幸弘 教授

所属:北海道大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門 宇宙惑星科学分野
北海道大学 創成研究機構 宇宙ミッションセンター センター長

小学生3年生の時に天文学者になると決意、やや修正して大学院では地球物理を学ぶ。オーロラや宇宙空間の研究から始まり、雷放電、惑星探査から衛星利用に興味が広がり、今は農作物の計測に時間を割く。