准教授 津田 真寿美

所属:大学院医学研究院(医学部医学科)

専門分野:腫瘍病理学

研究のキーワード:癌幹細胞、遺伝子解析、シグナル伝達、蛍光バイオイメージング、ハイドロゲル

出身高校:札幌南高校(北海道)

最終学歴:北海道大学大学院医学研究科

HPアドレス:http://patho2.med.hokudai.ac.jp/

※この記事は「知のフロンティア」第4号に掲載した記事を、ウェブ用に再編集したものです。

なぜがんの治療が効く人と効かない人がいるのですか?

今、我が国では生涯で2人に1人が「がん」に罹患し、4人に1人が「がん」で死亡する時代です。皆さんのご家族やご親戚、もしかしたら友人の中にも「がん」になり不安な思いをされている方がいるかもしれません。がんになった場合、通常は外科的切除(手術)に加えて放射線療法や化学療法、また条件に適合する場合には分子標的治療が行われます。最近では新規の分子標的治療によって根治するがんも増えてきています。しかし依然として、同じがんになって同じ治療を受けているのに、治療効果がある人とない人がいるのはなぜでしょう?それは例えば同じ乳癌や同じ大腸がんであっても、各患者さんによってがん細胞の個性(性質)が違うからです(図1)。がん細胞はがん組織の中で異なる性質を持ち、さらにがんの進展や治療に伴ってその性質を刻々と変化させます。私達の研究室では、このようながんの時空間的な性質の変化を分子生物学的に解明し、がん患者さんにとって最適な治療法を決定すべく研究を進めています。

図1 「がん」は患者さんによって性質が違います。
例えば同じ乳癌であっても、Aの患者さんはA,B, Cの蛋白質が発現していて、AとCの蛋白質が活性化(星形)していますが、Bの患者さんはA, B, Dの蛋白質が発現していて、AとBの蛋白質が活性化型(星形)です。両方の患者さんに治療効果があるのは、Aに対するお薬と予想されます。

 

がんの個性を解明する方法は何ですか?

図2 CRK(緑)は、細胞質およびアクチン細胞骨格(赤)の末端に局在しています。

刻々と変化するがん細胞の性質を解き明かすには、様々な研究手法が必要です。 がん細胞は正常細胞に較べて非常に旺盛な増殖能や運動能・浸潤能を獲得しており、これによってがん細胞が無限に増え続けたり、本来の居場所を離れて違う臓器に転移します。このような現象はがん細胞の中に発現している蛋白質の種類や量、性質、活性化状態に依存し、これらの蛋白質が相互作用(結合)することによって、がん細胞の増殖や運動・浸潤能を亢進させるための指令(シグナル)が伝達されます(シグナル伝達)。これらを調べるために、細胞から蛋白質を抽出して生化学的なアッセイを行ったり、病理組織学的に免疫染色を行います。数ある蛋白質の中でも、私達は特にCRK(クラック)というアダプター分子について詳しく研究をしています。CRKは蛋白質と蛋白質を繋ぐアダプター分子として機能しており、がん細胞の増殖・接着・運動・浸潤の全てに関与しています(図2)。従ってCRKを治療標的とすることによって、がん細胞が獲得した悪い機能を一網打尽に抑制することが可能になると期待されます。 一方、がん細胞の動態を調べるためには、細胞が生きている状態で蛋白質や細胞そのものを蛍光ラベルし、タイムラプス顕微鏡を使って経時的に解析することが可能です(蛍光バイオイメージング)。蛋白質の量や性質は、元となるDNAやRNAなど核酸の状態によって変わることもあり、最新の次世代型シークエンサー(NGS)を用いてこれらを調べます(遺伝子解析)。私達はこれまで、脳腫瘍や胃癌、大腸がん、膵癌などにおいてNGSを用いた遺伝子解析を行い、癌の発生や悪性化に重要な遺伝子変異を見出しています。これらの結果を総合的に評価することによって、各がん患者様のがん細胞の性質を明らかにすることができ、尤も効果的な治療法を決定することができます。

『がん幹細胞』を撲滅してがんの征服を目指します。

図3 がん幹細胞。がんに対して放射線療法や化学療法(抗がん剤)をすると、非がん幹細胞(左図の中で黄、青、緑色)は死滅しますが、がん幹細胞(赤色)は治療が効きにくく、少しでも残っているとやがて再発します。

近年、がん組織には親分となる「がん幹細胞」が存在することが分かっています。がん幹細胞は、がん組織の中に身を潜めており、組織を見てもどの細胞ががん幹細胞なのかわかりません。問題なのは、がん幹細胞が放射線療法や抗がん剤に対して耐性を示す、つまり治療が効きにくいことです。手術や治療後にがん幹細胞が少しでも残存していると再発や治療抵抗性の原因になります(図3)。従って、がんを征服するためにはがん幹細胞を撲滅する必要がありますが、がん幹細胞は数が少ないため、これまでがん幹細胞の性質を解析するのは困難でした。私達は、北大先端生命科学院のグン教授との共同研究によって、ある種のハイドロゲル上でがん細胞を培養すると、がん幹細胞が短時間で効率的に誘導されることを明らかにしました。この方法を用いてがん幹細胞の数を増やすことができれば、がん幹細胞の性質を明らかにし、各がん患者様に適した分子標的治療法を提供できるようになることが期待されます(図4)。私達はこのように総合大学である北海道大学の強みを生かし、他分野・多領域との融合研究によって、がんを始めとする様々な病気の解明に取り組んでいます。

図4 北大オリジナル開発のハイドロゲルを用いたがん幹細胞診断モデル。ハイドロゲル上でがん幹細胞を誘導し、その性質を解析することで、個々のがん患者さんに適切な治療薬を決定できると期待されます。