教授 神谷 裕一

所属:大学院地球環境科学研究院・大学院環境科学院

専門分野:触媒化学、環境浄化

研究のキーワード:固体触媒、環境浄化材料、排水処理、汚染地下水、窒素循環

出身高校:刈谷北高校(愛知県)

最終学歴:名古屋大学大学院工学研究科

HPアドレス:http://www.ees.hokudai.ac.jp/ems/stuff/kamiya/index.html

※この記事は「知のフロンティア」第4号に掲載した記事を、ウェブ用に再編集したものです。

何を研究しているのですか?

私たちが営む日々の生活やモノの生産は、少なからず地球環境に影響をおよぼします。言い換えると、人の活動は地球の環境を汚します。自然は元に戻る力を持っていますが、エネルギーの多量消費の上に成り立っている我々人類の活動は、自然の復元力では回復不能なほど大きな影響を環境に与えています。そのため、我々の社会が今後も持続的に発展していくためには、モノを製造するための科学技術(ここでは動脈技術と呼ぶことにします)だけでなく、汚した環境を元に戻すための科学技術(静脈技術)もしくは環境を汚さずにモノを製造する科学技術も並行して開発しなければなりません。私は元々、化学製品を工業的に生産するための動脈技術としての固体触媒を研究していましたが、今は特に人間活動によって汚れてしまった水を浄化するための固体触媒を研究しています。

硝酸イオンによる地下水の汚染と触媒法浄化

現在、地球の総人口は増加の一途をたどっていますが、これは農作物が効率的に生産できるようになったことが一因です。限られた農地からできる限り多くの作物を得るには、肥料は欠かせません。空気(窒素)からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法が開発され、窒素肥料が多量かつ安価に製造できるようになりました。しかし、農地に撒かれた過剰な窒素肥料は地下水を窒素化合物(硝酸イオン)で汚染する事態を招いてしまいました。 硝酸イオンを高濃度に含む水を飲用すると、チアノーゼ(メトヘモグロビン血症),糖尿病や高血圧などの健康被害が引き起こされることが指摘されています。そのため、世界保健機構(WHO)は50 mg/L以上の硝酸イオンを含む水を飲まないようにと警告しています。日本では環境省が毎年、全国の地下水(井戸水)を調査しており、残念ながら調査した井戸の約5%から基準値以上の硝酸イオンが検出されています。 硝酸イオンによる地下水の汚染は食糧生産との兼ね合いや農家の皆さんの生活もあるため、窒素肥料を使わないようにするといった汚染源を断つ方法はとても難しいことです。そのため、汚染された地下水を浄化することが必要になります。地下水から硝酸イオンを取り除く方法はいくつか提案されていますが、私は水中の硝酸イオンを気体の窒素へと化学的に分解することを研究しています。汚染された地下水に気体の水素を吹き込んで硝酸イオンを化学的に還元しますが、単に気体の水素を吹き込むだけではこの反応は全く進みません。実際に反応を進めるためには、化学反応を促進する材料の触媒が必要です。私は、汚染地下水を浄化する高性能な固体触媒を開発することと触媒がどのように反応を進めているのかを研究しています。触媒は、できる限り高速で硝酸イオンを分解することの他に、副生するアンモニアをできる限り抑制するといった性能が求められます(アンモニア臭がする水は飲めませんので)。また、実際の汚染地下水には硝酸イオンのほかにも様々なイオン性物質や水溶性有機物が含まれているので、触媒にはそれらの影響を受けないといった性能も要求されます。さらに、この方法を実用化するためにはコスト(価格)や触媒の毒性も問題になるので、それらの性能や制約を全て満たすような触媒を開発しなければなりません。いまだ道半ばですが、必ずできると強く信じて研究を行なっています。

環境問題ってよく聞くけど、何だか遠いところの話に感じます

そんなことは、ありません。日本は降水量が豊富で水道普及率も高いので、たとえ井戸水が汚染されたとしても、すぐに生活に困ることはほとんどありません。しかし,日本国内には水道水源の全てを地下水に依存している都市があり、数十年後にはひっ迫した状況になると危惧されています。また、日本は食料の多くを輸入に頼っているので、その食料を生産する国の水を間接的に輸入しています(仮想水、バーチャルウォーターと呼ばれています)。日本はそれらの国と水を通じて繋がっており、海外の水不足や汚染などの問題は私たちとも無関係ではありません。硝酸イオン汚染水の浄化技術も含め、触媒を使った浄化法以外にも様々な技術や方法を開発し提供することで、それらの国々の水環境の保全に貢献しなければならないと思っています。

大学院ってどんなところですか?

私が所属する環境科学院は、学部を持たない大学院のみの組織です。大学院では講義による受動的な学びもありますが、学生は主に研究を行なっています。講義を受けて専門的な知識を身につけるとともに、研究を通じて思考力、発想力、解析力、計画力、伝達力(発表力)など応用力や実践力を鍛えます。皆さんもぜひ大学院に進学して、広大な科学の世界をいっしょに冒険しましょう。