未病の成り立ちと食事による予防法

教授 石塚 敏

所属:大学院農学研究院・大学院農学院(農学部生物機能化学科)

専門分野:食品栄養学

研究のキーワード:メタボリックシンドローム、代謝変動、未病

出身高校:東京工大附属高校

最終学歴:北海道大学大学院農学研究科

HPアドレス:https://sites.google.com/eis.hokudai.ac.jp/nutrbiochem/

※この記事は「知のフロンティア」第4号に掲載した記事を、ウェブ用に再編集したものです。2022年12月6日更新

現在の研究を始めたきっかけは何ですか?

大学院の修士課程まではチーズ熟成時の風味に関わる低分子化合物の研究をしていました。研究を進めるにつれて、「食品」そのものから「食べる側に対する食品の作用」に興味が移り始め、食物繊維が大腸ガンの発症を抑えるメカニズムに関する研究で博士の学位を取得しました。今では、機能性表示食品が当たり前に普及していますが、当時は研究としてそのような取り組みが広がった時期でした。 それより前から「食べる側に対する食品の作用」について研究を進めていたのが現在所属する食品栄養学研究室で、そこに教員として採用されて今に至ります。ここで消化管や肝臓などの栄養素代謝の中枢となる臓器に起こる疾病の発症機構を探りながら、そのような病態の発症予防に寄与する食品成分や食べ方に関する研究を進めてきました。我々は農学部に所属していることもあり、既に出来てしまった病気を治療するということではなく、病態の発症リスクが下がる食事とはどういうものかを考えるべきではないかと思っています。

どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?

図1 ラットの飼育 個別ケージで摂食量と体重を記録しながら健康状態を把握する

実験動物の餌に含まれる成分を出し入れすることで生じる代謝の変化を、様々な生化学検査や機器分析で調べることができます(図1)。ご存知のように、摂取するエネルギー量が運動などで使われるエネルギー量を越えれば、体の中に溜め込みます。いわゆるメタボリックシンドロームと言われる状態では、コレステロールは目の敵にされています。コレステロール自体を我々の体の中では壊すことができず、体外に出すために水に馴染むための水酸基やカルボン酸をつけることで胆汁酸と呼ばれる物質に変えられます。胆汁酸は多様な分子群からなり、体内の場所によってその組成や濃度が著しく異なります。各種の臓器や消化管内容物、糞便や尿、血液などからこの胆汁酸を抽出して高速液体クロマトグラフィー質量分析計(図2)で網羅的に解析(図3)することで、胆汁酸の「流れ方」がわかります。このような実験を通して、メタボリックシンドロームの状態では特徴的な胆汁酸代謝となる可能性を見出しています。このような胆汁酸の流れが変わることで脂肪肝になりやすい状態を作り出すことを見つけました。。

図2 高速液体クロマトグラフィー質量分析計を用いた胆汁酸代謝分析

図3 胆汁酸代謝分析

高脂肪食を食べさせたラットの胆汁酸代謝を調べると、特定の胆汁酸(12水酸化胆汁酸)だけが増えることを見つけました。この12水酸化胆汁酸をラットに与えて、高脂肪食を摂取させたときと同じような体内の胆汁酸組成にすることができます。この条件で十数週間飼育すると、腸内細菌叢の変動や肝臓での脂質蓄積や消化管バリア機能の低下など、生活習慣病で見られる多様な症状を引き起こすことを見出しました(図4)。これらの症状は重篤なものではないですが、炎症を引き起こすとその症状がより悪化することも明らかにしました。これらのことは、12水酸化胆汁酸が未病としての各種の症状を引き起こすきっかけになることを示唆しています。実験動物として主にラットを使った個体レベルの栄養実験以外に、メカニズム解析のためには組織レベルや細胞レベルの代謝解析実験は欠かせません。これらの設備や機器・方法を用いて、食品成分そのものの直接的な作用だけでなく、食べ方による体内の代謝変動を調べる実験をしています。組織や細胞内で起こるイベントを注意深く観察することで、食事内容や食べ方の違いが体に起こす影響、中でも不具合を明らかにするための実験をしています。

図4 12水酸化胆汁酸によりラットに引き起こされる症状

私たちの生活にどのように関わってきますか?

食べ方の違いで生じるような些細な代謝変動が未病状態を作り出すことを動物実験で見出し、その発症メカニズムや症状の悪化に関わる要因の解明に取り組んでいます。「どのような食べ物をどのように食べるか」によって病気になりやすくもなれば、なりにくくもなるでしょう。農学部が開講している子供向け講座で、食育に関する話題提供をした時、私と学生スタッフで各自が準備した7日間に渡る全食事の写真をスライドショーで見せるという企画をしました。バランスのとれた食事を続けている人もいますが、そうではない食生活の人もいて、参加者の親子が食い入るように見ていたのが印象的でした。この経験を通して「食事に対する自分の常識」が必ずしも他者と共有できていないことを再認識しました。病気になる前段階を表す未病は、「明確な病気ではないけれども病気になりやすい状態」と言い換えられます。加齢や食べ方によって起こる未病状態を回避する方策を明らかにして日々の食生活に生かさればと思い、研究を続けています。