教授 小田 博志

所属:大学院文学研究院(文学部人文科学科)

専門分野:文化人類学

研究のキーワード:平和研究、植民地、他者、エスノグラフィー、いのちある自然

出身高校:高松高校(香川県)

最終学歴:ハイデルベルク大学 医学部(ドイツ)

HPアドレス:http://skyandocean.sakura.ne.jp/

※この記事は「知のフロンティア」第4号に掲載した記事を、ウェブ用に再編集したものです。

 

文化人類学とは何ですか?

私たち人類の遠い祖先は約700万年前にアフリカに登場しました。いくつかの種に 枝分かれしながら約20万年前にホモ・サピエンスとなります。その後、人類は地球 上へと広がる旅にでます。10万年単位のタイムスケールで見ると、私たちは皆「ア フリカ人」なのです。地球上には多様な環境があります。寒い所、暑い所、乾燥し た砂漠、雨の多いジャングル、高山、海上...こうした多様な環境に人類はその 文化的能力を駆使して適応することができました。人類学とは数百万年の歴史を持 ち、地球上に展開している人類について研究する分野です。その中でも文化人類学 は、人類の文化の多様性を明らかにすることをめざします。文化人類学ではエスノ グラフィーという方法論で研究を進めます。「百聞は一見にしかず」という言葉が ありますが、実際に現地に行って、自分の目で見て、体験するのです。そうやって フィールド(現場)に根ざした知を得て、他者の理解を進め、人類の多様性を尊重す る姿勢を育むことに、この分野の現代的な意義があります。

具体的にどんな研究をしているのですか?

私のこれまでの研究は人類学的なアプローチによる平和研究と位置づけられます 。調査の主なフィールドはドイツに関係する場所でした。第2次世界大戦中にナチが 政権を握った時代のドイツ(1933~1945年)は、異民族に対する迫害や侵略戦争を 行って平和を壊しました。特に悪名高いのはユダヤ人やシンティ・ロマに対する大 量虐殺、ホロコーストです。戦後その反省に立って、ドイツの市民はかつての「敵 」との和解を進めて行きました。その担い手のひとつに「行動・償いの印・平和奉 仕」という市民団体があります。私はその団体の活動に参加し、インタビューを繰 り返しながら、下から和解と平和をつくるために何が重要だったのかを知ろうとし ました。チェコの強制収容所の跡で開催されたサマーキャンプに参加したり、ホロ コーストを生き延びたユダヤ人にインタビューしたり、プラハでボランティア奉仕 をしたドイツ人に会いにドレスデンという町を訪れたりしました。その中で面白い ことがわかってきました。それはほんの些細と思えることが、大きい平和につなが っていくということです。そのドイツ人ボランティアは「窓拭きと聴く耳」が大事 だったと語りました。ユダヤ人のお年寄りの家で窓拭きの奉仕作業をしながら、彼 ら/彼女らが受けた迫害の体験に耳を傾けたというのです。その「聴く耳」が、お年 寄りたちの心を開いて、彼はプラハのユダヤ人コミュニティに迎えいれられます。 彼はナチ信奉者の孫であったにも関わらず!他者の声に耳を傾けること。その痛み をわがこととして感じられること。これら二つが、それまでの対立的な関係性を変 えて、より人間的で平和なつながりを生み出す基になるようです。他者の痛みを感 じとれる心をコンパッションとも言いますが、聴く耳とコンパッションを育む場が きちんと社会の中で開かれたとき、大きい平和へとつながる道もまた開かれるとい うことがわかりました。

ドイツによる「20世紀最初のジェノサイド」が行われたとされるアフリカのナミビア・オカカララ地区に建設された文化センター
チェコの強制収容所跡で、ドイツなど各国の若者たちに自らの体験を語るホロコースト生存者

これから何を目指していますか?

いま手がけている研究のテーマは、植民地の歴史を踏まえた平和です。ドイツは 第二帝政の時代(1871~1918年)に海外に植民地を領有していました。植民地とは 、人が生活している土地を自分たちのものとして奪い取り、支配の対象にすること です。そうされるとその土地の先住民の人びとは抵抗のために立ち上がります。ド イツがかつて植民地支配したアフリカのナミビアやタンザニアでも抵抗戦争が起こ り、ドイツ軍はその弾圧のために民族全体を抹殺しようとしたり、強制収容所を設 けたりしました。ナチがホロコーストで行ったのと同様な不法行為が、別の時代に アフリカで行われていたのです。植民地主義によって異なった民族を支配したのは ドイツばかりではありません。イギリス、フランス、アメリカなどもです。明治以 後の日本も北海道のアイヌ民族をはじめ植民地支配の対象としてきました。けれど も植民地の歴史を踏まえた平和は十分取り組まれていません。 これに関連して「自然」がキーワードとして浮かび上がってきました。植民地の 人たちは「自然」に近い存在として、差別されてきました。そこで「自然/文化」の 分離が前提とされています。けれども人間と自然を切り離し、自然からの距離が遠 いほど「文化・文明」が進んでいるという考え方の結果が、例えば近年問題になって いるグローバルな環境破壊です。いのちある自然と私たち人類がいかにつながり直 すのか?現場に立ちながら、この根源的な問いを考えていきたいと思っています。

参考書

  1. 小田博志,『エスノグラフィー入門―〈現場〉を質的研究する』 春秋 社(2010)
  2. 小田博志・関雄二(編著),『平和の人類学』法律文化社 (2014)